展示会にあたって
私が中国を初めて訪れたのは、1993年の秋。韓中国交が正常化して間もない頃で、長期滞在ビザの申請にとても手間取ったことを覚えている。生後6ヶ月の息子と妻との三人で、黒龍江省ハルビンでしばらくの間暮らそうと決めての渡航だった。
当時韓国では、「親戚訪問」という名目で訪韓する朝鮮族の姿をあちこちで見かけるようになっていた。ソウル駅前の地下道には中国から持ってきた漢方薬を並べて売る朝鮮族がおおぜいいたし、食堂や喫茶店で働く朝鮮族の女性もいた。突然、「親戚だ」と訪ねてきた朝鮮族のために、皆でお金を出し合って名所旧跡を観光させた上に、テレビや冷蔵庫などの家電製品や衣類を山ほど持たせて帰国させたと、ため息混じりに語る者もいた。
中国に親戚のいない私にとって朝鮮族は身近な存在ではなかったが、以前から近代史に関心があったため、「満洲」はある意味で憧れの地だった。抗日独立運動の英雄たちが闊歩した
というその地を踏みしめて歩き、写真を撮って回るのだと思うと、胸が高鳴った。
ハルビンに暮らしながら、私は朝鮮族の歴史に関する本を読むようになった。そして初めて、韓国で習ったのとは異なる歴史があるということに気がついた。中国では北朝鮮の資料にも触れることができ、その内容も私には新鮮だった。また
日本人である私の妻の「満洲」に対する思いも、私とは異なった。見る者の立場、視覚によって歴史は異なるという事実に私は初め戸惑ったが、次第に朝鮮族の語る歴史に興味を持つようになった。
歴史の生き証人との出会いも、私には大変な衝撃だった。韓国では共産主義者の抗日運動について学んだことがなかったが、実際に日本と戦ったというお年寄りや、その時代を覚えている人々の生々しい体験談は、私を興奮させた。そして抗日運動の闘士や遺家族、証言者のポートレートを撮ることが、私にとって重大な課題となった。
それと同時に、個人が所蔵している古い記念写真の収集にも取りかかった。中国では亡くなった親の写真を焼き捨ててしまう者が多いと聞き、また文化大革命の時期に朝鮮服を着た記念写真が見つかると「特務」の汚名を着せられるからと、古い写真の多くが焼かれてしまったと聞き、私は写真家として忍びなかった。個人の思い出を写した記念写真も、
集まれば時代を映す貴重な史料となる。それらを集めきちんと保管・整理していけば、中国朝鮮族の移住と定着の歴史を写真で振り返ることができるのだ。
考えてみれば、韓国人が知らなかったのは「満洲国」の時代の歴史だけではなかった。終戦後、韓国と中国の国交は断絶したまま半世紀もの歳月が過ぎ、解放後の中国で朝鮮族がどのように生きてきたのか、今どんな暮らしをしているのかについても、韓国人の大半は何も知らず、また関心も持っていなかった。
韓国にやって来た朝鮮族が「祖国」で差別を受けた事例をいくつも見聞きしたが、それはつまり、お互いがお互いを知らないことから生まれる悲劇なのだと私は考えた。私にできるこは、写真という媒体を通して互いの距離感を埋めることだけだ。
今回展示した作品は、私にとって一番の課題である抗日闘士及びその遺家族、証言者、それに私の身近にいる朝鮮族のポートレートだ。シャッターを押しながら、私は一枚の写真にその人の生き様まで写し取ろうと思う。この一枚一枚から、彼らの歩んできた人生や暮らしを感じ
取っていただければ幸いである。